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会社員時代、初任給が約20万円で5万円の風呂なし物件に住んでいましたが、忙しくて自炊出来ず、毎日、外食でした。さらに、仕事のストレスと睡眠不足で、アイス(ハーゲンダッツ)を毎晩眠る前に食べたせいか肌荒れがひどくなり、治すために、と岩盤浴に通い始め……。稼いだ分のストレスが生まれ、それをお金で解消していたので、あまり貯金はできませんでした。ほぼ寝に帰ってくるだけの家なのに、支出に占める住居費の割合が高く、外食費も娯楽費も高い。本当に欲しいものではないのに、習慣的にお金を使っていることが多い。これは、人生を盗まれているのではと思いました。―そんな経験からうまれた「ナリワイ」とはストレスと報酬を交換しない仕事を作る必要がある、と考えました。自分の時間と健康をお金と交換するのではなく、働くことと生活の充実が一致し、心身ともに健康になって、技も身につき、個人レベルではじめられる仕事を「ナリワイ(生業)」と呼んでいます。現在、そういった小さな仕事を何個かつくり、生計を立てています。例えば、専業農家さんが忙しい時期に収穫を手伝いながら広報もし、ネットで果物を売る「遊撃農家」。これは、梅農家の友人から「手伝ってほしい」と頼まれたことでうまれた「ナリワイ」です。他には、自分で床を張れるようになる「全国床張り協会」という講習会の企画もやっています。床が張れるようになると住居の選択肢が広がり、コストも抑えられますし、2〜3日やれば、誰でもできるようになります。参加者は女性も多いですね。最初の「ナリワイ」をはじめるとっかかりは、場所づくりでした。体を壊して会社を辞めた後に参加した社会人向け講座の飲み会費用に毎回、8,000円もかかっていました。それにお金を使うより、いっそメンバーで集まれる場所を作ろうと思い、古い家を借りて改装を始めたのです。床張り、壁塗り、ご飯作り、掃除……みんなで行ううちに、分断された社会の中でも、各自の特技を生かして何かを生み出せるし、そこから人間関係もつくれることに気付きました。飲食費も格段に安くなったし、その家をシェアハウスにして、何人かで住んだら、住居費もとても安くなりました。稼ぎを作る前に、生活を変えるところからはじまりました。―「副業」とは違いますか一つ一つが本業でもあるので副業ではないですし、自分のくらしにかなり近いところでやっているので、好きじゃないことは扱わない(笑)。やっていて楽しいか、充実感を持ってやれることなのかは、持続していく上で大事。だからこそ単なる労働に終わらないのです。―私たちが「ナリワイ」的生き方を取り入れるには今の仕事を続けながら、少ない元手で出来ることを何かひとつ、始めてみることです。みんなに必要で、身近なこと、衣食住・娯楽の中から考えると見つかりやすい。例えば、もし料理が好きなら、海外からの旅行者向けに、英語で日本料理の教室をするというのはどうでしょう。人が困っていることを自分の特技を二つくらい組み合わせて解決できれば、それは仕事になります。熊本に昔からある伝統おんぶ紐を改良して使い方講習を行いながら売っている女性がいます。自分が使うものの中で、理想のものを考えることも良いですね。―お金とのつきあい方を見直すにはお金というものを広く考えてみましょう。自分の持っているたくさんの資産の中の一部がお金です。自給する力、サポートしあえる人間関係など、お金以外にも資産はあります。そういう広い意味での資産を育てる。お金だけで何とかしようとするのは、限界があります。そして、対価としてお金を払っていることの中から、自分で楽しんでできそうなことはないか、自分の支出をチェックしてみましょう。支出を減らすことは、自分の生活の中だけで完結でき、コントロールできます。人間は、森に入って果物をちぎったり、獲物をみつけて捕まえたりする狩猟採集本能があるので、身の回りにあるものを選び、自分のものにするということを止められないと思います。現代社会では狩りが買い物に置き換わっているので、それなら、狩りの対象をもっと良いものにしていきたいですよね。流されて、多くのものをできるだけ安く買うのではなく、自分でつくったり、余っているものをもらったり、知り合いから買うなどの入手方法をまず考えてみる。そうすれば、もっとお金と上手に付き合っていけるのではないでしょうか。『ナリワイをつくる人生を盗まれない働き方』(2012年/東京書籍)7フォーラム通信2018秋号【特集2】お金とのつきあい方や働き方を見直し、人生を盗まれない生き方を特集2特集2お金とのつきあい方や働き方を見直し、人生を盗まれない生き方を伊藤洋志いとうひろし1979年生まれ。生活の中から生み出される複数の仕事で生計をたてる「ナリワイ」という考え方を実践し続け、現在は5つ程度の「ナリワイ」を持つ。著書『ナリワイをつくる人生を盗まれない働き方』(単行本-東京書籍2012、文庫版-筑摩書房2017)はロングセラーを続けている。自営業のパートナーと共に1歳児の子育て中。