003【横浜連合婦人会館史を読む】横浜連合婦人会館史 100年のバトンを受けとる

「横浜連合婦人会館史」100年のバトンを受け取る(公益財団法人横浜市男女共同参画推進協会)


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森尹森:私がNPOこまちぷらす(2012年設立)を立ち上げた時には、だいぶ変わってきていたと思います。私が起業しようと思ったときは、最初にフォーラムの「女性のための起業相談」で相談したんですけど、そういう起業する女性をバックアップして増やそうという態勢がありました。皆さんが変えてきてくださった結果だと思いますし、そこに本当に感謝しています。でも女性の生きづらさは、まだまだありますよね。「夫が妻の働く“量”をコントロールしている」とか、「自由に使えるお金を認めない」とかいう話は、活動の中でもよく聞きます。:まさに、江刺さんが解説で「夫たちも男女の役割分担を超えない範囲での妻の社会活動に寛容だった」と書かれているのと一緒ですね。よく、結婚などで一度退職し家庭に入って、再就職を目指す女性に夫が言う「家事に支障のない範囲だったら働いていいよ」というのに似ていますよね。:それ、今でもよく聞く言葉ですね。「家事をちゃんとやれる範囲でなら、自由にしていていいよ」って言われているという女性は、私たちの団体にもたくさん来られています。でも、変わっていないことはないです。私は、先輩たちが活動してこられた戸塚という土壌があったことと、フォーラムという相談できる場所が近くにあったことが、活動を始める上でラッキーなことでした。そういう土壌や相談場所が市内にいくつかあるということは、当時から変わってきた大きな進歩だと思います。横浜連合婦人会館史100年のバトンを受けとる166


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