001【表紙~本冊】横浜連合婦人会館史 100年のバトンを受けとる

「横浜連合婦人会館史」100年のバトンを受け取る(公益財団法人横浜市男女共同参画推進協会)


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ろくに復興もせぬうちを市婦人の有志の方によりて、僅か十銭の出金よりして集金せられて紅葉坂に会館を設立せられ、渡辺会長始め幹事の御夫人方の御尽力にて大そう美事に落成いたし、折々有益の事業バザーをせられて十余年間会長様の御心労中々のこと、私儀は中途より赤尾夫人のすすめにより入会させていただきまして、何の御手伝いもいたしませず時々出席いたすのみでございましたが、会長様は御老年の御身もおいといなく婦人会のため心よりの御尽力を感謝しております。会館も財団法人とせられましたが、この後永久の保存に困難なこととて市へ寄付いたすことに賛成多数にて今後は市の婦人会になることと思いますが、やはり今まで通り会長様も会へ御出席いただきあのおやさしいおもだちを拝しますことを楽しみに出席いたしたいと一日も早く市の婦人会の設立せられんことを心よりお祈りいたします。解散式には五十余人の御出席あり、会長様より記念の品帯留の金具をいただき白檀の香りもゆたかに立田川紅葉の意匠をどこまでも御心をこめられし御品永久に保存いたして会長様の御人格をしのびたいと存じます。会長様には社会のため各方面に御尽力をあそばし御徳をつまれましたがこの上ともご長命あそばされますようにただただお祈り申しています。(昭和十年七月末日土用中)解散に際して田沼志ん震災の焦土の中から立ち上がって快愛と慈善とのため努力いたしました、横浜連合婦人会も今度ついに解散することなりまし横浜連合婦人会館史100年のバトンを受けとる84


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