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物作りを一生のしごとに。起業して10年の節目を迎えた靴職人

物作りを一生のしごとに。起業して10年の節目を迎えた靴職人

HansABO 大塲 真由美さんMayumi Oba
女性キャリアモデル大塲さん
わたしの強み
自分が決めたことを貫く力
このしごとに必要な力は?
コミュニケーション、継続力、創造力
年齢
36歳
家族
夫、息子
HansABO

物作りをしたいと専門学校に入学。靴作りは趣味からのスタート

高校生のころから漠然と、作ることをしごとにしたいと思っていました。アーティストとして活動するのも一つの方法だとは思うのですが、もう少し形になる暮らしに役立つものを作ったり、人と関わったりしたいと思って。だから、高校を卒業してすぐに、専門学校桑沢デザイン研究所のプロダクトデザイン科に入学しました。
プロダクトデザイン科では、車や電化製品、靴の中ではスニーカーなど工業製品のデザインを勉強しました。そのほかにも写真の撮り方や、絵を描く授業もあって、学ぶことは多岐に渡ります。高校の時にもアートスクールに通っていたので、学生生活を通してデザインに関わらず、芸術や技術を広く見ていく力を身につけることができました。
専門学校2年生のとき、新聞の記事で、靴は自分で作れることを知りました。実は私の足のサイズは21.5センチで、靴を選ぶのにすごく苦労していたんです。靴は好きなのに、素敵だなと思うデザインのものは小さなサイズがなかったり、インポートの靴はもともと23センチ以上からしか輸入されていなかったり。好きなものを自分で作れるならやってみたいと、学校とは別に毎週1回、趣味で靴の教室「モゲ・ワークショップ」に通い始めました。それが靴作りのスタートです。

就職活動中に靴職人になることを決意。すべての工程に携われることが魅力

女性キャリアモデル大塲さん写真

お揃いの革で作った大塲さんとお子さんの靴

卒業を目前にした3年生になると、同級生の多くは就職活動を始めました。プロダクトデザイン科に通う人は、電化製品や車などの工業デザインのしごとに就くか、デザイン事務所を目指すことが多いんです。私もみんなと同じように就活をしていたのですが、企業の中で自分は何がやりたいのか、具体的に思い浮かびませんでした。あまり働くことをイメージできなかったし、何かが違うという思いが消えませんでした。
考えてみると、デザインをするというのは、物を作る一部でしかすぎないということに気が付きました。組織の中ではデザイナーが最初から最後まで携わって商品を作るというのは難しい。たとえば車のデザイナーだと、デザインは分業されすべての工程に関わることができません。もちろん、それもすごく大事なしごとです。でも私は、最初から最後まで自分の手で作ったものを届けるしごとがしたいと思いました。
靴業界も細分化された分業の職種ですが、手作り靴の場合は、まさに一人の手で全部作れるものなんです。これをしごとにしようと決意しました。それに靴って手に収まるサイズなのに、複雑な構造をしていて、工程もすごく多い。そこが作り甲斐もあるし、魅力的なんです。もっともっと追究したいという思いもありました。
靴職人は男性が多い職業ですが、私のように小さな工房を持つ女性は徐々に増えています。特にオーダーメイドの靴を作る場合、お客さんは足に悩みがあって依頼することが多いので、どんな靴を履きたいのかコミュニケーションをとることがすごく大切になります。女性同士の方が悩みを打ち明けやすいこともありますよね。だから、このしごとに性別は関係ないし、何よりお客さんの話を聞くことが一番だと思います。

専門課程1年、アシスタント3年。自分の工房を持つために準備を進める

女性キャリアモデル大塲さん写真

アシスタントの経験が、起業してからも活きる

専門学校を卒業した後、靴作りを専門的に学ぶために、教室とは別に設けられていた専門課程に通い始めました。21歳の時です。そこには約30人の生徒が在籍していて、会社を辞めて通っている人も多く、私が一番の年下でした。社会人経験を経ている人が多かったので、若いのにどうして靴作りをしているのか、よく聞かれましたね(笑)。
専門課程に通いながら、同時に自社企画の靴を製造・輸入する会社でアルバイトとして働くことにしました。靴職人は、経験がものをいうしごとなので、とにかくたくさんの人の足を見て勉強しないといけないと思って。そこでは、靴と足の型やデザインを合わせるサイズフィッティングや、並べられているたくさんの靴のデザインを見て、多くのことを吸収しました。その会社では熟練の靴職人の方も働いていたので、教わることも多くありました。上手くできないと相談すると、「こうすれば良い」と教えてくれたり、「こういう道具が見つからない」と話すと道具を譲ってくれたりしたこともあります。靴職人の大先輩として、生涯現役で今年85歳で亡くなられるまでとてもお世話になりました。靴作りは一通り基礎を学んだ後も、自分で試行錯誤しながら数をこなしていくことが必要です。足ってまったく同じ足の人はいないし、靴も、靴だけで完結するのではなくて、体にまで影響があるものです。靴ひとつで姿勢が良くなったり、痛みが取れたり。奥の深いしごとですね。
1年間の専門課程を終えた後は3年間、制作を続けながら教室でアシスタントとして働きました。教室には当時200人ほどの生徒が通っていて、そのうち10人をまとめて指導することも。忙しい日々でしたが、すごく良い経験でした。今でも自分の工房で複数の生徒を見ていますが、このときの経験があったから、最初から抵抗なくできたと思います。

26歳で起業。オーダーメイドと教室の2本柱で事業を展開

女性キャリアモデル大塲さん写真

工房の様子

アシスタントを経て26歳の時、靴製造の機材などを揃えて工房を構えました。その後さらに足と靴の勉強をしながら、工房の環境づくりを整えた後、起業しました。早く独立して経験を積み、レベルアップしたかったので、アシスタントを始めたころから起業は意識していました。若かったので勢いもありましたね。年齢を重ねると広い視野を持つようになる分、不安に思う事も増えると思います。でも、私は「自分の工房を持つ」という目標に向かって、悩むことなく飛び込んでいきました。それに、いつかは子どもをという気持ちもあり、早いうちに基盤を作っておきたかったんです。私は一生しごとを続けていくつもりだったので、30代・40代になって子育てでペースダウンが必要になっても、起業すれば自分で配分を決められるから両立していけるかもしれないという思いもありました。
工房の名前は、HansABOに決めました。Hans=手と、ABO=大塲(OBA)をひっくり返してつなげた名前で、手を使うしごとを一生のしごとにするという思いを込めました。工房は、実家の4畳半の部屋に構え、来客があっても大丈夫なように手を加えて、個人事業主として小さくスタート。知り合いの税理士の方にアドバイスをもらいながら、ほぼ自力で登記など書類作成をしました。
靴のオーダーメイドを主に事業を始めたところ、2ヵ月も経たないうちに「自分で靴を作りたい」と相談を受けました。いつかは教室を開きたいと思っていましたが、そんなにすぐに要望が出るとは思いませんでした。でも、アシスタントの経験と機材はあったので、早速始めることに。「いつかは」がすぐに実現しましたね。
一人から始めて、口コミで5人、10人と生徒はだんだん増えていきました。HPも作成していたのですが、それよりも家の前に出している看板を見て来てくれる地元の人が多かったです。今はHPを見て遠くから通ってくれる人もいるんですよ。3年も経つと4畳半では手狭になったので、ガレージを工房に改装して今の形になりました。

出産後3ヵ月でしごとに復帰。自分でしごと量を調整できるのが自営業の利点

独立を決めた26歳で結婚、31歳の時に妊娠・出産をしました。ずっとしごとに夢中だったのですが、工房の運営も安定してきて、今なら産休に入っても続けられるだろうと思えた時期でした。結局、臨月までしごとをして、出産3ヵ月後から復帰。ただ、妊娠中は元気だったのに、出産後、すごく体を壊して、車いすの生活になってしまったんです。なるべく早くしごとをしたいと、何とか体調を戻して再開しました。
3ヵ月後に復帰したいと思ったのは、保育園に子どもを3ヵ月で預けようと思っていたからなんです。ただ、実際にはその月齢から入ることは難しく、運よく5ヵ月から預けることができました。その間の2ヵ月は母に手伝ってもらったり、どうしても代わりに見てくれる人が見つからない時には、子どもを抱えながら教室を開けたり。生徒さんは子育てをしてきた方が多かったので、見守ってくれました。そういう周りのサポートや環境がなければ、子どもを抱えながらしごとはできなかったと思います。
今は、子ども靴の受注販売と教室の運営が主なしごとです。子どもが産まれる前は徹夜して作業することもあったのですが、今は子ども用の小さな靴でも月に10足作れるかどうか。自営業だからこそ、家事・育児をしながら自分のペースでしごとができていると感じます。

10年の節目を迎えて新しいことにも挑戦。「革のおりがみ」を広げていきたい

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「革のおりがみ pepa leather」

昨年、工房を構えて10年という節目の年を迎えました。10年続けてきて、残したいところ、視野を変えてスクラップするところ、それから新しく始めたいことなどが見えてきました。
昨年、横浜市経済局が行っている「横浜コレクション2018」に初出展し、メインに靴ではなく「革のおりがみpepa leather」を出しました。これは、独自の製法で作った厚さ0.3mmのベジタブルタンニンレザーで、紙のように折ることができるんです。それにとても丈夫で、色もさまざま。教室ではどんな方でも靴を作ることができるのですが、専用の工具も必要なので、個人でやるには難しい面もあります。でも、折り紙は誰もが子どものころからなじみのある遊びです。革をもっと身近に、気軽に、そしてつくる楽しさと使う喜びを感じることのできるものにしたいと、作成しました。百貨店から声をかけてもらえるなど、反響もあったので、近く「革のおりがみpepa leather」専用サイトを作りたいと考えています。靴作りを大事にしながら、できる範囲で広げていきたいですね。
今はまだまだ発展途中。同じことを続けるだけでなく、さらに良いしごと、良い生き方を求めたいなと思っています。今もこのしごとができて楽しいし、幸せ。しごとだけど、やりがいがあるからこそ頑張ろうと思えるし、続けられています。

後輩女性へのメッセージ

靴作りって10人いれば、10通りのやり方があります。「正解」がないしごとなんですね。だから、靴職人になりたいと思ったら、自分のやり方を信じて経験を積み重ねていって欲しいです。
このしごとは靴を履く人がいて初めて成り立ちます。自分一人ではできないので、人とのコミュニケーションを大事にしてください。たとえば、革の種類など専門知識があって、この人にはこの革が良いといくら思っても、実際に靴を履く人が納得しなければ、良い靴にはなりません。これからその靴を履いて生活する人の希望を大事にして、どんなものを求めているのか、素敵だと思うのか、コミュニケーションをとりながら考えることが大事だと思います。(2019年1月インタビュー)
女性キャリアモデル大塲さん写真
HansABO
大塲真由美さん

Life & Career History

年表_大塲様