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ダイアナさんに聞いてみたかったのですが、連絡を取ることは難しく、分からないままでしたので、自分の考えを推し進めて、肯定的な主人公像とはどんなものか考えることにしました。 原作には、地下室に閉じ込められたアリーテ姫が、魔法で壁に絵を描くなどして時間を過ごすというエピソードがあります。たいくつを楽しむ工夫をして素晴らしいと捉えるか、建設的でないと捉えるか⋮。僕は、そんなふうにしている間は、やはり姫が作者から肯定されないように思えました。けれどアリーテ姫を否定したくはなくて、映画では反対向きに意味合いを変えています。姫が魔法によって、本来の自分でない姿に変えられてしまい、そのような行動を取ったのだとしてみました。 自分が自分でないものに変えられてしまうのは恐ろしいことです。『この世界の片隅に』の主人公・すずさんは自分の意に沿わない、いつの間にか決まった縁談で結婚させられます。苗字が変わって、住んでいた場所も親しかった人たちも取り上げられてしまう。彼女はそれについて深く考えることなく過ごしていましたが、さまざまなできごとを通して、自分は何者かと問い直します。そして、彼女が自分はこういう人間だと分かったときに物語は終わるのです。そういう意味で、すずさんとアリーテ姫は似ているなと思います。 綿密な下調べの原点は 『アリーテ姫』にある 風景のなかには生活があります。建築、食事、髪型、服装、職人たちが働いているようす、窓辺で刺しゅうをする姿⋮『アリーテ姫』は中世ヨーロッパを舞台にしていますが、当時の資料を集めるのに苦労しました。 1998年、映画祭に参加するためにザグレブを訪れたとき、古い街並みを見て回りました。この土地の昔風の煙突には、その上に傘のような屋根があること、お姫さまがいる塔は細長いイメージがあるけれど、壁が厚いから実はけっこう太いはずとは思っていましたが、それを実際に見ることができたこと⋮いろいろな発見がありました。日本に帰ってからも、ボール紙で建物の模型を作ったり、海外の博物館史料を調べたり、中世の画家が描いた絵画を見たり。調べているうちに、その時代に生きた人々の風景がありありとイメージされるようになっていきました。 「しょせんアニメーションはファンタジーであって、学者の仕事じゃないんだから」という人もいましたが、それは、自分で「見たい」「体験したい」と思うものに近づくための行いでした。完成後にフランスで上映した際、ヨーロッパの中世史を専門にする学者さんから「これは数ある映画の中でも、とてもよく当時を再現している作品だ」と評価してもらうことができました。そんなふうにひとつの実感を持って受け止めてもらえたのだなと感じ、ならば、さらに自分のよく知っている舞台で物づくりをしてみるのもいいかもしれないと思ったのが、その後の『マイマイ新子と千年の魔法』につながり、さらに『この世界の片隅に』につながっています。『この世界』では、当時の暮らしについて綿密に下調べした結果「まるでタイムマシンでその時代を体験しているみたい」と評価をいただきましたが、その原点は『アリーテ姫』にあります。 〝アリーテ〟とは? アリーテはARETEとつづります。辞書には、イギリスの古い言葉で「やせ尾根」とありました。両側が鋭く切れ落ちた尾根で、まっすぐ進むしかないと。他には神話『オデュッセイア』に登場する王女アレテ。ラテン語で「徳」という意味があるそうです。余談ですが、アレテの娘は〝ナウシカア〟であり、どうやら僕は、宮崎駿さんと同じところにたどり着いてしまったようです(笑)。 メキシコで上映したとき、お客さんのなかにいかにも知識人という感じの年配の方がおられて「君はアリーテの意味を知っているか。破はじょうつい城槌*のことだ。つまり、アリーテとは突破するという意味なんだ」とおっしゃいました。なるほどそうした意味もあったのか、と気づきました。そんなわけで、僕はアリーテという言葉にいろいろなイメージを持っています。*城門や城壁を破壊し、突破することを目的とした兵器。 『アリーテ姫の冒険』のこれから アリーテ姫は、自分の人生を自分で切り開いていく女性です。今もこの作品が世の中に求められているというのは、本当はいいことではないのかもしれません。けれど皆さんの心に残っていくなら、意味があるかなとも思います。 フォーラムでは『アリーテ姫の冒険』に再び光をあてようという動きがあるそうで、今後広がりがあるかもしれません。ご協力いただけるとうれしいです。僕も、作品が残ったり広がったりできるよう、がんばっていきます。片渕監督が撮影したザグレブの建築物。煙突の上に傘がある。館内では布絵本を展示。 TWITTER 『アリーテ姫の冒険』再び プロジェクト@ARETE_FUTATABI1989年、フォーラムが監修・刊行した児童書『アリーテ姫の冒険』(絶版)に再び光をあてるプロジェクトに関する情報を発信しています。FOLLOWME!13 フォーラム通信2018春号