「フォーラム通信」2018年夏号

「横浜から男女共同参画社会の実現を!」。公益財団法人横浜市男女共同参画推進協会が発行する広報誌です。2018年夏号の特集は、「お金を知って、もっと自由に生きる」貯蓄、投資、老後の不安…。人生を楽しくするお金との付き合い方。


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ONOMIYUKI それを着たところで顔かたちだって体型だって1ミリも変わるわけではない、そう分かっているにも関わらずなぜ人は被服に淫してしまうのか。 3月某日 服屋の前を通りかかったら90年代のものすごく瀟洒(しょうしゃ)なマルニと目が合ってしまったので思わずお買い上げ。服さえ買わなければ私の人生のQOLはもう少し高いような気もするが、なぜこんなにも浴びるように服を買ってしまうのか。レジ・カウンターで自問するも最終的には「ま、あと100年後には死ぬんだしいいよね」と人生のあらゆることの切り札となる言い訳を0.5秒で持ち出し懺悔を終了。この上なく美しくラッピングされた紙袋を戴冠の儀のようにうやうやしく手渡され、店員さんに見送られながら店を出るあの瞬間の幸福感といったら、たとえ翌月クレジットの明細を見て青ざめることが分かりきっていたとしてもやめられない。 洋服を買うという行為は、あの、はじめて売り場で目が合い、試着室で袖を通した時のビビビというかおおお、というか「こ⋮⋮この服を着ている自分が最高に好きだ!」という、いわばナルキッソス的なラブに落ちる瞬間を何度でも何度でも繰り返す行為であり、至高の自己満足である。鏡に映るステキな服に身を包んだ自分を見たあの瞬間のあの酩酊、まるで人生そのものがワンランクアップしたような嬉しさと万能感は何物にも代えがたい。おまけに実際に恋に落ちるには相手が要るけれど、自分への一目惚れは服屋に行きさえすれば簡単に手に入るんだもの。 3月某日 高校生の時、国語の教科書に載っていた寓話をふと思い出す。 「ものすごく強い武将がいて、合戦の時にはキンピカのいかにも強そうな甲冑(かっちゅう)を着ており敵から恐れられていた。ある日かわいがっている部下に『今度の戦で武運にあやかりたいからその甲冑を貸してくれ』と頼まれ、快く貸して自分は代わりに部下の甲冑を着て戦地に赴いた。そのとたん、黄金の甲冑を着た部下におののいた敵が、地味な鎧に身を包んだ武将に一斉に向かってきた。武将は反撃するすべなく串刺しにされながら『ああ、これまで自分が負けなしだったのは、甲冑のもたらす威信を恐れられていただけで、真の実力ではなかったのだ』と悟ったところで事切れた」というなんとも後味の悪い話。先生はしたり顔で「いいか、お前ら『人は見た目じゃない』とか言うが、『見た目が人生を変える』こともあるんだぞ」というなんともヘビーな教訓を垂れ、高校生の私は「そんな、身もふたもない」とモヤモヤした気になったが、年齢を重ねた今、急速にその言葉の重みがどっしりとのしかかってきている。そう、見た目って本当に大事。イメージというのは些細なことで揺らぐし、あらゆる視覚情報から人は勝手に物語を立ち上げる。肉体のフォルムも顔のプリントも今さらそんなに変えられないけど、であれば現時点でせめて自己ベスト、でありたいじゃん、せめてキンピカの甲冑とまではいかないけど、あの中身、誰が入ってるんだろう、って思われるような鎧でいたいじゃん。たとえ無駄な足掻きでも、実力じゃないよと後ろからささやかれたとしても⋮⋮と、今夜もまたファッションクルーズしてしまうのだった。 3月某日 とある会合にミニスカートを履いていったら「ミニ履くなんてやるねぇ」と揶揄(やゆ)まじりに言われる。そのまま「30代で許されるファッションはどこまでか」という話に。数年前までは足が太いのを気にしてパンツばかり履いていたのだけど、〝隠す〟という行為には1ミリも楽しさが感じられない、と気づいてからは「痛くてもなんでも好きな形の服を着る」と決め、ミニばかり履くようになった。人を不快にさせるほどの露出はしていないつもりだし、冬はタイツとの組み合わせが心躍るし、まあいっか。寒さに対しては意地を張っている。 しかし「30超えたらミニスカを履くな問題」、「好き」と「どう見られるか」のバランスが難しい年頃ではあるけれど、年齢によって着られる服の幅が狭まるのはなんとも不自由である。 フランスに留学していた時、ホストマザーのイザベラは40過ぎてもいつも華やかで明るい服を着ていた。ガーベラみたいな可憐なセットアップ、パレルモの日差しみたいな真っ黄色のワンピース、週末にはビスチェで、レースの透かしの美しいスカートを履いて、庭でパラソルの下にチェアを出して肌を焼いていたっけ。シングルマザーで、小学生の息子たちの体育教師を恋人にしながらも20歳年下の語学留学生のメキシコ人の男の子と恋のバカンスしてしまう、絵に描いたようなファムファタルだった。留学の最後に彼女が「愛してるわ」と言ってキスしながら肩にふわっとかけてくれた虹色のアルパカ毛のストールは派手すぎて私には似合わず、絨毯代わりに物書き机の下に敷いているけど、おしゃれのことを考える時、いつも彼女のことを思い出す。自分を素敵に見せるのに、矜持以外の「べき」は必要ない。小野美由紀(作家)1985年生まれ。慶応義塾大学フランス文学専攻卒。恋愛や対人関係、家族についてのコラムが人気。著書に原発事故を題材にした絵本『ひかりのりゅう』(絵本塾出版)、『傷口から人生。』(幻冬舎文庫)、『人生に疲れたらスペイン巡礼』(光文社新書)等がある。小野美由紀さん初の長編小説!『メゾン刻の湯』(2018年、ポプラ社)正しくなくてもふつうじゃなくても、懸命に僕らは生きていく。銭湯×シェアハウスを舞台に描く、希望の青春群像劇。今宵も服懺ざん悔げ小野美由紀の言葉にしてみたら、フォーラム通信2018夏号 10


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